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西長尾城跡(にしながおじょうあと)

ページID:0004904 更新日:2025年2月17日更新 印刷ページ表示

西長尾城跡の画像

〈所在地〉まんのう町長尾

 阿野郡(あのぐん)最大にして讃岐有数の山城(やまじろ)である西長尾城は、東は阿野郡一帯、西は阿波よりの進入路である三頭峠(さんとうとうげ)を睨(にら)み、善通寺(ぜんつうじ)を眼下にする戦略上重要な立地に所在する。
 西長尾城を詰め城とした長尾氏は、細川頼之(ほそかわよりゆき)に参陣し細川清氏(きようじ)討伐(とうばつ)に軍功をあげ西長尾の土地を恩賞として預けられたが、天正(てんしょう)7年(1579)、長尾氏は長宗我部軍(ちょうそかべぐん)に降伏し西長尾城を譲った。
 現在の西長尾城は長宗我部時代の大規模な改修が施され、長尾氏時代の様子はわかりにくくなっている。城山(しろやま)山頂から北東への二つの尾根に整地し土塁(どるい)で囲まれた曲輪(くるわ)群があり、尾根先端は深い掘切(ほりきり)で厳重に防御しており、この城が長宗我部氏にとって讃岐攻略の重要な拠点となったことがわかる。