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国の史跡
〈所在地〉まんのう町造田
〈指定年月日〉平成20年3月28日
中寺廃寺跡は、徳島県との県境に程近い大川山(だいせんざん、標高1042.9m)の西尾根、標高約700mの山奥に位置する平安時代の古代山林寺院跡である。遺跡は約18.8ヘクタールに広がり、主な遺構は尾根斜面の3か所に造成された平坦地(ゾーン)に配置されている。
仏(ほとけ)ゾーンでは、仏堂跡(ぶつどうあと)・塔跡(とうあと)・大炊屋跡(おおいやあと、供物の調理施設)を確認した。仏堂と塔はともに南を向き、仏堂の正面を避けて塔が立地している。仏堂・塔は計画的に建物が配置された中枢(ちゅうすう)伽藍であったと考えられることから、仏ゾーンは中寺の中心的な地区であるといえる。
祈(いのり)ゾーンでは、割拝殿跡(わりはいでんあと)、僧房跡(そうぼうあと)を確認した。割拝殿から広場を見通した正面には、古くから信仰の対象となった霊峰大川山を望む。祈ゾーンはその立地から、中寺の中では最も早い時期から大川山信仰に根ざす活動が行われていたと考えられ、中寺の始まりと発展を考える上で重要な地区である。
願(ねがい)ゾーンには、石組遺構(いしぐみいこう)16基(き)が分布している。願ゾーンは古来より人の立ち入りが少なかったと考えられ、現在まで平安時代に近い姿で保たれている希少な地区である。仏教を信仰する一般の人々が年中行事(ねんちゅうぎょうじ)として石組の塔を造ったと考えられ、祭祀的(さいしてき)な意味合いの強い地区である。
平地に立地することが一般的だった古代寺院は、平安時代になると修行の場として山中へ造営(ぞうえい)されるようになったが、中・四国における古代山林寺院の展開についてはまだまだ謎が多い。中寺廃寺跡はそのような中で様相が明らかとなった数少ない寺院跡の一つである。
中寺廃寺跡 リーフレット 小学生向け [PDFファイル/1.76MB]
中寺廃寺跡 行き方 柞野道・大川道 [PDFファイル/3.68MB]
柞野道駐車場
江畑道駐車場
中寺道駐車場